地域で「何者」かになるために、僕が医者としてやったこと
収益前年比160%、患者190人超増を実現できた医療戦略から見るマーケティング
2025年度、僕が部門長を務めることとなった在宅医療部では、予算KPIを達成し、前年比160%超の収益をあげることができました。
2025年4月時点で、契約患者さんは約240人でした。2026年5月時点では、契約患者さんは約350人まで増えています。
詳細な集計では、新規受け入れが194件。そのうち終了は、主にお看取りで約80件でした。差し引きでは、約110人の増加です。
どうしてここまで数字を伸ばすことができたのか。
AIを使える医者が業務効率をはかったからなのか。
総合診療医しかできない症例を受け入れたからか。
結論、いずれも違います。もちろん、AIや総合診療医としての幅も支えにはなりました。けれど、実際に成果につながった行動はもっとシンプルなものでした。
本題に入る前に少し脱線させてください。
医療現場では退院日が近づくと、患者さんや周囲の支援者には様々な不安が集まります。
家に帰ったあと、誰が診るのか。
施設に戻ったあと、薬や急変時の判断を誰に相談するのか。
家族は、夜に何が起きたら病院へ連絡すればよいのか。
病院側の退院調整も、患者さんや家族の生活も、施設の受け入れも、同じ時間軸で動きます。その中で訪問診療医は、退院後の生活に医療をつなぐ役割として参加します。
ただ、同じ時間軸で様々なことが決まると、誰が何を引き受けるのかが見えにくくなります。
そんな情報をまとめ、患者さんが自宅で生活を継続するために方針を整理する会議を「退院前カンファレンス」といいます。
実は、収益を上げられた原因はここにありました。
退院前カンファレンスに必ず出る。そこでうけた相談を断らない。顔の見える関係をつくり続ける。
それを続けているうちに、退院前カンファレンスに出続ける行動は、マーケティングでいうポジショニングに近いと気づき、そこを起点に分析と行動を継続した結果、地域の中で一定の役割を担う存在として認識してもらえるようになりました。
更に、これを繰り返していくうちにふと、人がSNSやコミュニティの中で「何者か」になっていく過程にもこのモデルを一般化したものが重要なのではないかと強く感じるようになりました。
そこで、今回は「何者かを目指したい皆さん」に参考になればと思い、収益増を達成できたマーケティングの過程について、お話していこうと思います。
まず考えるべきは、誰の困りごとの側に立つか
先ほどもお伝えした通り、僕が在宅医療部した2025年度に始めたことは、まず退院前カンファレンスに絶対に出る、ということでした。そこで顔の見える関係を構築していったところ、相手の困っていること、必要としていることが徐々に見えてきました。
退院元の病院は、退院後に医療が途切れないかを気にしています。施設は、医療的な判断が必要な入居者さんを受けられるかを悩みます。ケアマネジャーは、家で暮らし続けるために、どの医療機関へ相談すればよいかを探しています。
同じ訪問診療でも、相手が見ている景色は違います。
だから、自院の機能を説明する前に、相手の業務の流れを聞くようにしました。どの場面で業務が止まるのか。誰が判断に困るのか。どの情報があれば、次の調整に進めるのか。
コミュニティの中で何者かになるために、最初に見る場所は、自分の肩書きよりも、誰の困りごとの近くに立つかです。
相談がくる経路を分析する
新規受け入れ194件の紹介元を見直すと、外部医療機関が66件、院内病棟が49件、法人内の外来・診療所が35件でした。上位3つの導線で、全体の約77%を占めています。
施設からの紹介は14件、居宅介護支援事業所やケアマネジャー系からは18件でした。施設経由に見えていた相談の一部は、実際には外部医療機関から施設へつながった相談でした。
紹介元の数字を見て、僕は自分たちの入口を少し誤解していたことに気づきました。
施設とつながっているつもりでも、相談の起点は外部医療機関にある。院内病棟との接点も大きい。法人内の外来や診療所からの相談も多い。
そこから僕たちは「病院からの退院困難事例を一手に引き受ける」役割こそ自分達が目指すポジションであるということを再認識できました。この、くる相談から自分の役割を分析するという考え方は、職種・場面を問わず使えると思います。
自分が何者か分からないとき、自分の内側からどんなポジションをとるべきか、を考えるとドツボにはまって苦しくなります。むしろそれを考えすぎてしまうと、いざ自分のやったことが社会に受け入れられない時、自己が否定されたような気持ちになり、簡単に自信を喪失してしまいかねません。
代わりに、自分のところへくる相談、困りごとの内訳を分析します。どんな場面で相談がくるのか。誰が困ったときに声をかけてくれるのか。どこからの相談が、なぜ自分にくるのか。
顔の見える関係の先に戻ってくる相談は、自分の役割の種になるのです。
露出が多いと、何者かになれる(?)
退院前カンファレンスには、患者さん、家族、病棟の医師や看護師、多職種、在宅側の関係者が集まります。退院後の生活をどう支えるかを、その場で確認します。
訪問診療に関わる人間が毎回出て積極的に発言すると、病棟側は退院後の相談先・相談ごとを具体的に思い浮かべられます。患者さんと家族は、退院後に顔を合わせる医療者を先に知ることができます。施設やケアマネジャーは、医療面の見通しをその場で聞けます。
顔の見える関係という言葉は便利ですが、言葉をただ振りまくだけでは紹介は増えません。
現場で成果につながったのは、出席の積み重ねでした。一度だけ出ると、スポットの参加者ですが、出続けると、コミュニティの中に自然と自分のポジションができてきます。
これは会議でも、勉強会でも、プロジェクトでも、地域の集まりでも、なんでも応用ができると思っています。誰かの困りごとが集まる場所に、同じ人間が出続ける。その場で、毎回少しだけ仕事を引き受け、存在を確立していく。
その繰り返しで、人は「この場にただいる人」から「この場で役割を持っている人」へ変わっていくんだと思います。
早く受けることも、ポジショニングになった
受け入れ件数だけを増やしても、退院後の生活は安定しません。相談から初回訪問までの時間も、地域から見た価値になります。
日付整合が取れる176件での統計では、リードタイムの平均が24.8日、中央値が20.5日でした。14日以内に開始できたケースは61件、30日以内に開始できたケースは130件でした。30日以内開始は73.9%です。ちなみに最短では相談が入った当日に退院前カンファレンスを開催し、翌日退院を実現できた例もあります。
退院調整では、時間が長くなるほど不安が増えます。患者さんと家族は、家での生活を想像しにくくなります。病棟は、退院先の受け皿が決まらないと次の調整に進めません。
早く受けることは、便利さを超えて、相手の不確実性を減らします。
「あの人に相談すると、次に進むのが速い。」
相手のポジティブな感覚が積み重なると、自分の役割はより強くなります。
自我を強く持とうとするよりも、誰かの不確実性を減らす方が、誰かの心の中には残りやすい、この例からもそう感じました。
自我は、内側だけでは固まりにくい
何者かになれない感覚というのは、とても辛いです。
肩書きはある。仕事もしている。人から頼られる場面もある。
それでも、自分の役割を言葉にしようとすると、自分というものが説明できなくなることがあります。
自分は何をしている人なのか。誰にとって必要な人なのか。今いるコミュニティの中で、どういう役割を担っているのか。
自分の中だけで考え続けると、問いはだんだん大きくなります。自分らしさ。使命。強み。やりたいこと。どれも大切ですが、大きすぎる問いは、日常の行動に戻りにくいです。
僕は、役割は他者との接点で少しずつ固まるものだと思っています。
誰かの困りごとがある。
その困りごとが集まる場所に行く。
そこで小さく引き受ける。
同じ相談が、また戻ってくる。
戻ってくる相談が増えると、自分の輪郭が少しずつ形づくられてきます。
僕は、人間のポジションというものは、自我の前に、役割があってこそ成立するものと思っています。
誰かの困りごとが集まる場所に出続ける。
そこで仕事を引き受ける。同じような相談がやってくる。
その相談を、続く流れに変える…
2025年度の数字は、訪問診療の成果であると同時に、一条通病院の在宅医療部が地域の中でどう機能していくかを如実に示すものとなりました。
そしてこの過程は、SNSを含む特定のコミュニティで、自分のポジションを確立していくためのヒントにもなる、そう強く思っています。
もし、コミュニティや職場の中で「自分は何者でもないまま終わるのでは」と感じているなら、「自分に集まってくる」相談事、愚痴などを意識してみてください。
どの場面で相談がくるのか。
誰からの相談が多いのか。
どうしてその相談をあなたにしたのか。
あなたは、どの相談を引き受ける人として思い出されたいですか?そこに、自分の目指すべき役割・ポジションのヒントが隠れているはずです。









にしむら先生、前年比160%超、新規受け入れ194件という驚異的な数字の裏側にある、非常に本質的な戦略をオープンにしてくださりありがとうございます!
日々、病院の事務長として病床管理や地域連携に向き合っていますが、退院調整における「不確実性を減らす(リードタイム中央値20.5日)」ということや、「退院前カンファレンスに出続ける」という行動が、どれほど紹介元の安心感と信頼に繋がるか、現場の視点から痛いほどよく分かります。単なる数字の追求ではなく、地域の「困りごと」を一手に引き受け続けた結果としての数字であることに、医療経営の本質を見ました。
にしむらさん、
これ今のぼくに必要なやつです。「退院前カンファレンスに絶対に出る」→「自分の肩書きよりも、誰の困りごとの近くに立つか」メモらせて頂きました。