前回は「一般クリエイターこそ医療学会で価値を発揮できる!」で、学会はクリエイターにとってのビジネスチャンスだという話を書きました。
今回は逆の話です。医療の現場で、すでにクリエイターの仕事をしているけれども、それを当たり前だと思っている人たちがいます。
今回はそんな方々へ向け、医療ライターという仕事と、その市場についてお伝えします。
その資料、もう「書く仕事」の中身です
患者説明用のスライドを、素人にもわかる言葉と図で組み直している看護師がいます。
勉強会の資料は、余白の取り方まで考えて作られていました。
診療記録を書くスピードが誰よりも速い人もいれば、症状の変化を絵で残せる人もいます。
薬の説明書を、患者の生活に合わせて書き直す薬剤師もいる。
退院前の注意書きや自主トレのメニュー表を、患者が家でも迷わないように作り直しているセラピストもいます。
日本メディカルライター協会によると、医療ライターとは医学・健康に関連した情報を科学的・倫理的に根拠づけて文章にする仕事です。メディカルライターとも呼ばれます。
この定義を読むと、上に書いた人たちは全員、すでにその中身をやっていることになります。肩書きの外側で、情報を編集し、人に伝わる形に変換する仕事をしている。
足りないのはスキルではなく、自分がやっていることに「医療ライター」という名前がついていると知らないだけです。
だから、まずは仕事の中身を先に見てほしいと思っています。
医療ライターになるには
医師の副業は数字が目を引くので話題になりやすいジャンルです。民間医局コネクトのアンケートでは、副業経験のある医師は80%、副業だけで年収1,000万円を超える人もその中の8%いたそうです。
ただ、今日書きたいのはその外側です。
医療ライターの求人を見ると、「社会人経験のある医療系の国家資格を持つ方」歓迎という募集が普通に並んでいます。看護師もリハビリスタッフも薬剤師も対象に入っている。内容も症状の解説から薬の飲み合わせ、リハビリの自主トレ動画の台本まで幅は広いです。
僕が調べた範囲では、医療ライターを名乗るために必須の資格は見つかりませんでした。日本メディカルライター協会のような団体が任意の講座を提供していますが、決まった試験に受からないと名乗れない仕事ではないです。
「未経験でもなれるのか」とよく聞かれますが、上記を踏まえると誰でも名乗ってよいことにはなりますね。とはいえ、看護師や薬剤師としての実務経験そのものが、医療の内容を扱う上での土台になりますのでそこは重要です。文章を書いた経験がないことと、医療の知識がないことは別の話です。
Googleは健康に関わる情報に通常より高い基準を求めると明言しています。その基準が重視する要素のひとつが、書き手自身の経験です。問診票を読み、患者に説明し、記録を書いてきた時間そのものが、この基準に応える材料になります。
同じ症状の説明でも、実際に外来で聞かれた質問に答えてきた人が書いた文章と、資料だけで書いた文章では、読み手に伝わる速度が違います。
僕自身、Antaaという医師専用のスライド投稿サイトに投稿した記事が10万ビューを超えたことがあります。うまい文章だったからではなく、現場にいた時間の裏付けがあったからだと思っています。
とはいえ、実務経験さえあれば何を書いてもいいわけではありません。薬機法の広告規制は知っておく必要があります。誇大な効果を書かない、医師の保証のように読ませないという線引きは、経験があるからこそ自分で引ける部分だと思います。
副業規定は雇用形態で異なります。民間病院なら就業規則次第です。厚生労働省のガイドラインは、労働時間以外の時間をどう使うかは本来自由だとしています。制限できるのは、業務に支障が出る場合や秘密の漏洩、競業になる場合に限られます。
地方公立病院は任命権者の許可制が基本です。国家公務員の場合は、単発の講演や執筆で報酬を得る程度なら許可の対象外になることもあります。地方公務員は自治体ごとの規則によります。
一方、こういう副業時によく話題に上がる医師の時間外労働上限(年960時間、兼業先も通算)は医業に従事する勤務医への規制です。看護師やリハビリスタッフには適用されません。「医師の副業ルール」を当てはめなくていい分、自由に動ける部分もありそうですね(医師だけ年960時間時間外労働してもいいみたいな話はいったん置いておきましょう、めっちゃしたいですけど)。
迷ったら就業規則を読むか、自分が働いている職場の総務あたりに一度聞いてみてください。それが一歩目になります。
書ける医療者が、まだ足りない
医療ライターの仕事は、思っている以上に幅が広いです。
求人サイトを開くと、患者向けの健康コラムから製薬企業の資料作成、医療監修、院内広報誌の原稿まで、いろいろな種類の依頼が並んでいます。製薬会社や医療系メディアが患者向けのコンテンツを発注する案件もあれば、英語文献の読解力を求められるものもある。
しかし、書き手側は追いついていません。「医療系の国家資格を持つ方」と条件をつけた募集が出続けているのは、書ける人がまだ足りていないからです。
隣の領域もまだ空いています。書く仕事の周辺にも需要はある。
メディカルイラストレーターという仕事もあります。医学イラストを専門に描く職種ですが、名乗っている人をほとんど見かけません。医療監修の依頼も、以前より目にするようになりました。動画の台本や院内広報の制作もある。
背景にあるのは、医療情報の信頼性に対する要求がこの数年で上がったことです。先程も書いた通り、Googleが健康関連の検索結果に厳しい基準を適用するようになり、「現場を知っている人が書いた情報」の価値は構造的に高くなっています。製薬企業が出す患者向けの説明資料も、院内で配る退院後の注意書きも、「わかりやすく正確に」の両立が求められます。それを臨床の外から書ける人はそう多くありません。
だから、市場は開いている。書ける医療者が足りていないのは技術の問題ではなく、認知の問題です。自分にその仕事ができることに気づいていない人が、まだたくさんいます。
一緒に、つくっていこう
まずは求人サイトを見てみて下さい。「医療ライター 求人」あたりで調べればいくつか候補が出てくると思います。
その中からライターの募集を1枚だけ読んでみる。
患者説明用に作った資料を、個人情報を抜いて公開用に1本だけ書き直す。
周りに「そういうの作れるよ」と一言だけ言ってみる。
どれも数分でできることばかりです。それに、一度に全部やらなくていい。1つ選べば十分です。
僕も臨床と病院経営と発信を同時にやっていて、正直まだ完成形は見えていません。ただ、医療とクリエイティブの間には、まだ誰も手をつけていない場所がたくさんあると感じています。
一人で全部やる必要はないです。書ける人、描ける人、撮れる人。それぞれが自分のできることを持ち寄れば、医療の情報発信はもっと良くなる。僕は「ないからつくる」をやってきた人間なので、一緒につくってくれる人がいると素直に嬉しいです。
医療とクリエイティブの間の話は、これからも書いていきます。よかったらまた覗いてください。




退院前の注意書きや自主トレメニューを、患者が家で迷わないように作り直す工夫が、すでに医療ライターの仕事そのものだというのは、たしかにそうですね。日々の業務の中で当たり前にやっている「専門知識を一般の人にわかる言葉へ噛み砕いて伝える」という編集スキルが、院外のメディアやコンテンツ作成でもそのまま武器になるのだと知るだけで、自分の仕事の価値を見つめ直すきっかけになります。