病院の電話は、なぜなくならないのか
電話が鳴り続ける病院で、何が起きているのか

家族が入院しているとき、病院から電話がかかってくることがあります。
仕事中に着信が残っている。
画面には病院の代表番号が出ている。
何かあったのかもしれない。
慌てて折り返すと、代表につながります。
「先ほどお電話をいただいたようで」と伝える。
でも、誰からの電話だったのか分からない。
病棟につながる。
看護師さんが確認する。
医師は診察中です、と言われる。
もう一度、折り返しを待つ。
この時間は、けっこう長く感じます。
入院している家族のことなので、ただの連絡ではありません。説明なのか、同意書なのか、急変なのか、退院の相談なのか。内容が分からないまま待つことになります。
患者さん本人ではなく、家族が病院とつながる場面では、電話がほとんど唯一の入口になることがあります。
では、病院はなぜ、いまだにこんなに電話に頼っているのでしょうか。
電話を受ける側も、余裕があるわけではない
ここで「病院は不親切だ」と言いたくなる気持ちは分かります。
ただ、電話を受ける側を見ていると、話はそんなに単純ではありません。
外来の事務職は、目の前の患者さんの受付や会計をしながら電話を取っています。病棟の看護師は、ナースコールや処置、点滴、家族対応の合間に電話へ出ます。医師も、診察や回診、説明の途中で内線に呼ばれます。
誰かが取らなければ、電話は鳴り続けます。
だから、誰かが取る。
しかも電話の内容は、見た目ほど単純ではありません。
「先生から電話があったようです」という折り返しの奥には、家族の不安があります。「退院の話を聞いたのですが」という問い合わせには、家で本当に見られるのかという心配が含まれていることもあります。
受けた職員は、言葉の表面だけで判断できません。
これは病状説明の話なのか。
医師に確認する話なのか。
看護師から答えられる話なのか。
家族内で代表者を決めてもらう話なのか。
今日中に折り返すべき話なのか。
電話を受けながら、その場で判断しています。
だから病院の電話は、単なる連絡手段ではありません。かなり前線に近い場所にあります。
電話には、あいまいな仕事が集まる
病院の仕事を少し引いて見ると、電話に集まっているものが見えてきます。
入院中の家族からの問い合わせ。
医師からの電話への折り返し。
病状説明の日程調整。
退院前の相談。
面会や荷物の確認。
予約変更。
診断書や紹介状の相談。
施設からの状態報告。
訪問看護からの連絡。
救急隊からの受け入れ要請。
院内の部署間の確認。
全部、電話で来ます。
ただ、これらは同じ「電話」でも中身が違います。
面会時間や荷物の確認のように、手順が決まっているものがあります。
一方で、病状説明の折り返しのように、誰が、いつ、どこまで説明するかを確認しないと進まないものもあります。
退院前の家族からの相談のように、医学的な説明だけでは終わらないものもあります。
つまり電話には、定型業務と、判断が必要な業務と、不安を受け止める業務が混ざっています。
ここがややこしいところです。
決まったことだけなら、ウェブやフォームに移せます。判断が必要なことだけなら、専門の窓口を作れます。不安を受け止めることだけなら、最初から人が出る意味があります。
でも、それらが一本の電話番号にまとまっていると、全部を人が受けるしかなくなります。

電話が減らない理由
電話を減らそう、という話は昔からあります。
予約はウェブにする。
よくある質問は自動応答にする。
書類の案内はホームページに載せる。
方法はいくつもあります。
それでも、病院から電話はなかなか減りません。
理由のひとつは、電話が多くの人にとって一番確実だからです。特に入院中の家族の話では、本人ではなく家族が動きます。家族の年齢も生活状況もばらばらです。アプリを入れてログインして入力するより、電話番号を押す方が早い場面はあります。
もうひとつは、現場側の不安です。
フォームに任せて、重大な症状を見落としたらどうするのか。
自動応答が変な案内をしたら、誰が責任を取るのか。
結局あとで電話が来るなら、最初から電話で聞いた方が早いのではないか。
こういう感覚は、現場ではかなり自然です。
だから、電話が残ること自体は悪ではありません。
問題は、電話で受ける必要のないものまで、電話で受け続けていることです。
電話を0にした介護施設の話
以前、広島の介護施設を視察したことがあります。
そこでは、利用者さんの家族に公式LINEへ登録してもらい、家族とのコミュニケーションをLINEに集約していました。
日々の連絡。
持ち物の確認。
面会や予定の調整。
ちょっとした相談。
それらを電話ではなく、LINEでやり取りする。
結果として、家族対応の電話はほぼ0になっていたと聞きました。
これはかなり印象に残っています。
電話を減らすというと、どうしても「電話を取らない」「自動応答にする」という話に見えます。ただ、その施設で起きていたのは、そういうことではありませんでした。
家族との連絡先を最初からそろえる。
やり取りの場所を決める。
職員側も、履歴を見ながら対応できる。
同じ説明を何度も繰り返さなくてよい。
つまり、電話を減らしたというより、家族とのコミュニケーションの置き場所を設計していたのだと思います。
では、これを病院にそのまま転用できるのでしょうか。
たぶん、できる部分と、慎重に考えるべき部分があります。
入院時の持ち物、面会時間、書類、退院前の準備、病棟からのお知らせ。こういう連絡は、公式LINEのような家族向けの連絡導線に移せる可能性があります。家族も履歴を見返せますし、病院側も「誰に、何を伝えたか」を残しやすくなります。
一方で、急変時の連絡や、重大な病状説明、本人確認が必要な内容をLINEだけで済ませるのは難しいです。家族の誰に伝えるのか。どこまで文章で残すのか。既読がついたことを、理解したことと見なしてよいのか。病院では、このあたりの線引きが介護施設より重くなります。
だから、病院で考えるなら「LINEで電話を全部なくす」ではなく、「LINEで済む連絡を整理して、電話で話すべき連絡を残す」という考え方になると思います。

電話をなくすのではなく、分解する
病院の電話を考えるとき、「電話を減らす」という言い方だけでは足りないと思っています。
必要なのは、電話に流れ込んでいる仕事を分解することです。
面会時間、荷物、駐車場、書類、病棟への届け物のような確認は、かなり定型化できます。入院時の案内や病棟ごとの説明用紙、家族向けの連絡導線で減らせる部分があります。
診断書や書類の相談も、必要な書類、受け取りまでの日数、料金、申し込み方法を整理すれば、毎回電話で説明しなくてよくなります。
医師からの電話への折り返しも、少し設計できます。代表番号に折り返しても誰からの電話か分からない状態では、家族も職員も困ります。誰が、何の件で、いつ頃もう一度かけるのか。折り返しが必要なのか、病院から再度連絡するのか。こうした情報が残るだけで、電話の混乱はかなり減ります。
施設や訪問看護からの連絡は、専用の書式や連絡ルールを決めた方が、電話より安全になることもあります。
一方で、電話として残すべきものもあります。
緊急性が読めない相談。
文字だけでは伝わりにくい不安。
本人や家族が、何に困っているのか自分でも整理できていない相談。
入院中の家族について、直接声を聞いて確認した方がよい相談。
ここには、人が出る意味があります。
だから、目指すべきなのは「電話をなくすこと」ではありません。
電話でなくてもいいものを別の導線に移して、電話でしか支えられないものに人を残すことです。

AIは電話の入口より、裏側に置いた方がいいかもしれない
AIを使えば、電話対応を自動化できる。
そう考えたくなります。
確かに、一次受付をAIに任せる場面は出てくると思います。よくある質問に答える。受付時間を案内する。入院中の家族向け案内を返す。そういうところでは使えます。
ただ、病院の現場で先に役に立つのは、もう少し地味な場所かもしれません。
家族向けの連絡導線に来た相談を整理する。
電話の内容を要約する。
相談の記録を残す。
何度も来る質問を拾い上げて、FAQにする。
医師から家族へ電話した履歴を残し、折り返し時に病棟が状況を確認できるようにする。
施設からの連絡を整理して、医師が判断する部分だけを残す。
電話対応のあとに発生するメモ、転記、確認作業を減らす。
電話そのものをいきなり消すのではなく、電話の後ろにある仕事を軽くする。
その方が、地域の中小病院では現実的だと思います。
電話を受ける人が楽になるだけではありません。記録が残れば、次に同じ相談が来たときの対応も安定します。よくある相談が見えれば、そもそも電話が来る前に案内を直せます。
AIやデジタルは、派手な入口よりも、こういう裏側の整理で力を出す場面があります。
地域の病院で考えるなら
大きな病院なら、コールセンターを別に作れるかもしれません。人を置き、システムを入れ、窓口を分けることもできます。
でも、地域の中小病院や有床診療所では、そこまで余裕がないことが多いです。
だからこそ、電話の設計は経営の話になります。
何を電話で受けるのか。
何を別の連絡導線に移すのか。
何を事前案内で減らすのか。
家族への折り返しをどう記録するのか。
誰が判断し、どこまで事務職が受け、どこから看護師や医師につなぐのか。
ここを決めないまま「電話対応を頑張る」だけでは、現場の負担は減りません。
一方で、すべてを自動化すればいいわけでもありません。地域の高齢患者さんにとって、電話で人につながること自体が安心になっている場合もあります。
だから、線引きが必要です。
電話で受けるべき相談を残すために、電話でなくてもよい用件を減らす。
病院の電話は、たぶんすぐにはなくなりません。
でも、鳴り続ける電話の中身を分解することはできます。どの電話が人を必要としていて、どの電話が設計で減らせるのかを見直すことはできます。
電話が鳴ったときに、出るべき人が出られる状態をつくる。
病院の電話を考えることは、単なる問い合わせ対応の話ではありません。地域の病院が、限られた人で医療を続けていくための、かなり現実的な再設計の話だと思います。



電話の問題は難しそうですね。。
私は以前、病院から「電話をして再予約してください」と言われたことがあり、後日掛けたのですが、AI対応で、なかなか通話に繋がらなくて大変な経験がありました。
病院に限らず、下手にAI化をして印象悪くしてる企業も多そうですね💦
にしむら先生、病院の電話という永遠の課題に対する鮮やかな「分解」、今回も深く頷きながら拝読しました!
病院事務長としてマネジメントに携わる中で、まさに「電話が鳴り続ける現場の疲弊」と「電話でしか得られない安心感」のジレンマに日々直面しています。「電話対応を頑張る」という精神論から脱却し、定型業務を別導線に移し、AIを裏側の整理(要約や記録)に使うという設計は、中小病院にとって最も現実的で強力な打ち手ですね。これを経営課題として捉える視座、改めて深く共感いたしました。