週に3回、病院に通わないと生きられない人たちがいます。
腎臓が働かなくなった方が受ける「透析」という治療です。
1回およそ4時間。 行き帰りを含めれば、ほぼ1日がかりです。 北海道の冬なら、吹雪の日も通います。
歳を重ねて通院がつらくなっても、やめれば命に関わる。 だから通い続けるしかない。
そういう方を、僕は医師として何人も見てきました。
先日、在宅医療の全国学会に参加しました。 会場で僕が聞き込んだのは、「腹膜透析」に関する2つのセッションです。
腹膜透析は、家でできる透析です。 お腹に入れた細い管から専用の液を出し入れする方法で、手技は本人や家族が担えます。 通院は月1〜2回で済みます。
週3回の通院か、住み慣れた家での生活か。
同じ透析でも、暮らしの姿はまったく違います。
会場で「旭川」という地名を聞いた
セッションでは、こんな報告が続きました。
腹膜透析を選んで、最期まで家で過ごせた患者さんがいたこと。 好きなペットと、ずっと一緒にいられたこと。 腹膜透析に関わった経験のない町のクリニックでも、病院と手を組めば支えられたこと。
一方で、北海道の厳しい現実も語られました。
若い医療者は札幌に集まり、地域の医療は細っていく。 それぞれの町が自前で透析を支えきる形は、この先もちません。
だからこそ、旭川のような基幹となる病院が腹膜透析をきちんと担い、地域の診療所や訪問看護と連携していく。 それが北海道で人の暮らしを守る道だと、演者は語りました。
遠い誰かの話ではありません。 自分の働く町の名前が出た瞬間、これは僕の宿題だと思いました。
「治す」と「支える」を分けない
もう1つのセッションは、透析と緩和ケアの話でした。
がんの医療は、この20年で「治療がだめになったら緩和ケアへ」から「治療の初日から生活を支える」へと変わりました。 しかし透析の世界は、まだそこに追いついていません。
印象に残った指摘があります。 人生の最終盤に初めて現れる医療者は、患者さんにとって「悪くなる話をしに来る人」に見えてしまう。 本当に支えられるのは、長い時間をともに過ごしてきた顔なじみの医療者だという話です。
元気なうちから知っていて、弱ってからも見続ける。 その連続性こそが、人の安心をつくります。
足りないのは技術ではなく、仕組み
旭川に透析の技術がないわけではありません。 足りないのは、家に帰ったあとも見続ける仕組みです。
家で透析を続けるには、支えが要ります。 医師や看護師が定期的に家へ来ること。 不安なとき、夜中でも電話できる相手がいること。 具合が悪くなったら、顔なじみの病院にすぐ入院できること。
この受け皿を、いま僕の病院でつくり始めています。 腎臓の専門の先生たちと手を組み、腹膜透析の患者さんを在宅で受け入れる準備を進めています。
そして考えるほどに、気づきます。
これは透析だけの話ではありません。 がんも、心臓や肺の病気も、老いそのものも。 「家に帰りたい」を叶えるために必要なものは、いつも同じです。
家まで来る医療と、いつでも戻れる病院。 そして、その2つをつなぐ行き来の仕組み。
「安心して死ねる病院」という答え
僕は北海道生まれの総合診療医です。 臓器ではなく「人」を丸ごと診る診療科です。
医者になったころ、道内に学びたい研修の場がなく、一度愛知に出ました。 旭川に戻って研修プログラムをつくり、いまは病院で在宅医療の部門を任されています。 ないなら、つくればいい。 それが僕の原点です。
次につくるのは「地域の中で人が安心して死ねる病院」です。
死なない人はいません。 問題は死ぬかどうかではなく、最期までどう生きるかです。
家と病院を行き来しながら、最期を過ごす場所を本人と家族が選べる。 「家に帰りたい」という言葉に、ちゃんと応えられる。 それだけで、残された時間の意味は変わります。
死に方を支えることは、生き方を支えること。 その仕組みを、僕は旭川でかたちにします。
医療に、クリエイティブを持ち込もう
学会場を歩きながら、痛感したことがもう1つあります。
医療の世界には、人の人生を変えるほどの実践がすでにあります。 しかしその多くは、専門用語の壁の内側に閉じ込められています。
腹膜透析という言葉を、この記事で初めて知った方も多いはずです。 どれだけ良い選択肢でも、読まれなければ、存在しないのとほとんど同じ。 どれだけ良い仕組みをつくっても、伝わらなければ動きません。
だから僕は、医療には「翻訳者」が足りないと書いてきました。 専門職の言葉を、患者さんや家族、地域の人に届く言葉へ変える人。 動画で、デザインで、文章で伝えるクリエイターの技術は、医療にとって飾りではありません。 知識と実践を社会に流通させる、インフラです。
▼一般クリエイターこそ医療学会で価値を発揮できる!
https://substack.com/@ryonishimura1/p-203912983
▼医療者に喜ばれるクリエイティブ、嫌われるクリエイティブ
https://substack.com/@ryonishimura1/p-203925067
今回の学会で、その確信はさらに深まりました。
「安心して死ねる病院」は、死という軽く扱えないものに触れる構想です。 現場を飛ばした感動の言葉では、かえって軽くなる。 現場をわかったうえで翻訳できる人の力が、どうしても要ります。
医療者だけでは、つくれません。
医療とクリエイティブの間には、まだ誰も拾っていない仕事の種がたくさんあります。 その種を、一緒に拾いに行きましょう。
これから書いていくこと
腹膜透析の受け入れは、この挑戦の最初の一歩です。 うまくいった話だけでなく、つまずいた話もここに書いていきます。
読んでくれたあなたに、お願いが2つあります。
1つは、自分の親を、パートナーを、いつか自分自身を、どこで看取り、看取られたいか、家族と一度話してみること。
もう1つは、伝える技術を持っている方なら、その技術で医療に関われないか考えてみること。
どちらか1つで、この挑戦はもう始まっています。
「ないなら、つくればいい」の続きを、見届けてもらえたら嬉しいです。
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元気なときから弱ったときまで一貫して診続けるという、医療の連続性がもたらす安心感の大切さに、強い共感を覚えました。
人生の最終盤になってから初めて顔を合わせるのではなく、これまでの歩みを知るお馴染みの医療者がそばに居続けるからこそ、患者さんが身を委ねられる本物の信頼が生まれるのだという指摘は、理想の最期を考える上での重要な指針です。